ADHDへの理解と対応

問題行動への対応法

■…「ちょっかい行動」とピンポンダッシュ

■物事の優先順位がわからない

■ひとを非難する(上)

■ひとを非難する(下)

■「いたずら」チック

 


■…「ちょっかい行動」とピンポンダッシュ

◎A美さんは小学校1年生。彼女は、クリニックの待合室で他の子とよく話をしています。相手は仲良しの子でなくても平気です。年下でも年上でも関係はありません。ところが突然、他の子を後ろから叩いたり、蹴ったりすることがあります。悪気はないようで、ニコニコと楽しそうにしています。
◎授業中のTくん。隣の子の鉛筆を取り上げます。取られた子が無視していると、今度は消しゴムを狙います。隣の子は我慢できなくなって、Tくんを押し返しました。するとTくんは怒った声で、相手に手を出しました。
◎Sくんはお母さんのことが大好きのようで、よく髪を触ります。ただ突然、お母さんの背中にジャンプして抱きついたりします。急に体当たりすることもあり、お母さんは腰を痛めてしまいました。

●怒りをよぶ「ちょっかい行動」

 以上、AD/HDとされる3人の子たちの姿を紹介しました。これらの姿は「ちょっかい行動」とも言われるものです。言うまでもなく、これらの行動は他の子たちとの間にトラブルを生みがちです。
 ではどうして、他の子たちは嫌がるのでしょうか。待合室や授業中など、場をわきまえないことも、理由のひとつでしょう。そういう時はふざけてはいけない、という気持ちがある子は、強く怒るでしょう。
 急に叩かれたり、蹴られたりするのも怒りをよびます。あまりにも唐突で、身構える余裕もなく、ケガをする可能性さえあります。怒っても当たり前で、反撃する子がいても不思議ではありません。
 一方でAD/HDの子は、叱られても、注意されてもそれが「いけないこと」だとなかなかわかりません。このために何度も繰り返してしまいます。

●気を向けさせたあとに何もない

 「ちょっかい行動」の時、AD/HDの子はニコニコしています。はじめは楽しそうです。「ふざけっこしよう」と誘いかけているようでもあります。ただ叩いたり、蹴ったりして他の子の気を引いた後には、あそびの提案が何もありません。
 ふつうは、「ねぇねぇ」と肩を叩くなりして、他の子が振り向いてくれた後に、「いっしょにトランプしよう」とか「ドッチボールしない?」といった話が続きます。ところが「ちょっかい行動」は、まさに「ちょっかい」だけで、後に話が続きません。
 子どもは、「ねぇねぇ」の後に何か話があるパターンに慣れています。だから最初は、何だろうと思い注意を向けます。しかしその後に何もなく、自分の反応を見られるようにも感じるのでしょう。小学生が知らない家のインターフォンを押して逃げる、ピンポンダッシュに似ています。「バカにされた」と思う子が多く、無用なトラブルにつながってしまいます。ちなみに、大人でも酔うと「ちょっかい行動」が現れる人がいて、無用なトラブルにつながることもあります。

●ちょっかいは、他児との接着剤?

 ただ、この「ちょっかい行動」はAD/HD特有の行動かと言えばそうとも言えません。1、2歳の子は突然、大人にぶつかってきます。3歳台の子ども同士が、互いに蹴ったり叩いたりしてじゃれあう姿はよく見られます。ことばの力がまだ十分でなく、話しながらあそびを組み立てることには限界があります。互いにちょっかいを出し合いながら、他の子と一緒にいることがとても楽しそうです。
 子どもは初めから、他の子と一緒にあそべるわけではありません。1人あそび、平行あそびなど一定の成長を経て、協同してあそべるようになるとされます。他の子への距離を縮め、親近感を持たせるのが、いわゆる「ちょっかい行動」のように思います。お互いが同じか、近いレベルならば、笑いあってすみ、あまりトラブルにはならないのでしょう。
 この時期の「ちょっかい行動」はしつこく、相手が一緒にあそんでくれるまで続いたりします。なかにはそれが嫌で、泣いてしまう子もいます。そういう体験を通して、自分の気持ちと相手の気持ちは違うなど、さまざまなことも学んでいくのでしょう。

●止まないのは自然の欲求だからかも

 「ちょっかい行動」が注意してもなかなか止まないのは、発達途上で自然に出てくる欲求だからとも言えます。それが2歳とか3、4歳ならば暖かい目で見守れますが、AD/HDの子ではその年齢よりもかなり遅れて出てしまいます。
 長期的に見ていると、AD/HDの子の「ちょっかい行動」は消えていくように思います。小学校高学年まで続く子は少なく、それは自然に成熟し、行動への分別がついてくるからでしょう。
 しかし問題なのは、「ちょっかい行動」を強く注意されすぎると、他の子との距離を縮め、仲良くなろうという気持ちが育ちにくくなることです。他の子との間に、不要な垣根をつくってしまう可能性があります。

●「ちょっかい行動」を発散させる場を

 自然の欲求ならば、どこかで発散させる必要があります。自分よりも年下の子だと仲良くあそべる子がいます。きっと、ちょっかい行動も含め、そういう子たちと共通の部分があるからだと思います。逆に年上の子だとうまくいく子もいます。それは年上の子が「ちょっかい行動」をあまり気にしないからかもしれません。年上、年下どちらでも、あそぶ機会をつくり、発散させたほうがよいでしょう。
 「ちょっかい行動」は、注意しはじめると大人もそれが気になってしまいます。子どもは、注意されればされるほど「ちょっかい行動」に出たりします。これでは悪循環です。怒るよりも、あそびの提案の仕方を教えたり、一緒になってふざけっこをしたほうが効果的と思います。

■月刊 発達教育より 湯汲 英史(発達協会王子クリニック)言語聴覚士
小倉 尚子(発達協会王子クリニック)言語聴覚士

 

 
■物事の優先順位がわからない

 前回、AD/HDの子では、何かが心に引っかかると、そのことばかりに気持ちが向きがちと述べました。それが良い方向に向かえば、芸術家が創作に精魂を傾ける姿や、研究者が不眠不休で何かを発明、発見することにつながる場合もあるだろうとも述べました。  確かに、何かに没頭できるようになったAD/HDの青年は幸せです。社会適応の面で見ても、プラスに働くことが多いようです。

●「後で」と言うだけでやろうとしない
 ただ子ども時代では、日常生活を送る上で問題の方が多くなります。お母さんが「〜をしなさい」と言っても、「後で」と言うばかりでやろうとしない姿がしばしば見られます。あるお母さんは、兄弟で違いがあると言います。AD/HDの子は、いくら言っても「待って」「後で」で済まそうとするそうです。ところがそうでない子は、お母さんの口調がある一定のレベルになると、さっと自分の遊びをやめるそうです。そして指示に従うといいます。  一度注意が何かに向かうと、それから目をそらせなくなる。さらには相手の感情の強弱などを適切に読めないという特徴が、多くのAD/HDの子に見られます。これらがあいまって、「待って、後で」だけになりやすいのでしょう。なかには何もしていないのに、「後で」と言う子がいます。「後で」と言うので、何もしてないではないかと言うと、「いま考え中」と言い返されたりします。

●気分のコントロールができない
 AD/HDの子は、毎日のことを淡々とこなしていけない、その理由の一つに、自分の気持ちを一定に保ちにくいことがあげられます。新奇なこと、興奮しやすいこと、熱狂できることには、強く惹かれる姿が見られます。ルーティンワークには、新奇性などないので、心がかきたてられないのかもしれません。

●「物事の重みづけがわからない」
 気分の障害には、よく知られた「うつ病」があります。そのうつ病について、ある本(*)にとても納得できる説明がありました。以下、ご紹介します。「うつ病者の場合、生まれつきの部分として、『物事の重みづけがわからない』という面がある。(中略)やらねばならないことがたくさんあった時に、どれが大事でどれがどうでもよいことなのか、区別がしにくいのである。つまり、最優先課題と手抜きしてもよい課題とが、ほとんど同じように見える。」  うつ病になりやすい性格には、手堅く、しつこく、自分のやり方を変えにくい点が見られるとされます。このような性格から、AD/HDの子と一直線につなぎ合わせることは危険かとも思います。ただ、AD/HDの子のなかには、そのような姿を見せるようになる子がいます。同じ本では、「うつ病者の几帳面な性格は『本来の弱みを補うための汗と涙の結晶』」とも述べられ、本来の性格ではないことも示唆されています。

●「後で」は物事の優先順位がわからない?
 うつ病との関連ははっきりとしませんが、物事の優先順位がわかりにくいのではないかという点は当てはまるように思います。ある子は、絵を描き出すと、完成するまで続けるといいます。小学校二年生なのに、夜の二時三時までやるといいます。テレビゲームを夜中に起きてやる子もいます。学校の方が大切なのに、それがわからず夜中でも平気です。テレビに熱中している子は、親の命令に素直に従わなくてもむりはないともいえます。ただ、親の指示と、自分がテレビを観ることの優先順位を、内心でははかっていると思います。そして親の態度を見ながら、渋々だったりもしながら、親の言うことに従ったりします。  ただ、こういう優先順位をはかることそのものの力が弱いとどうなるでしょうか。自分で、まわりに合った優先順位が決められません。大人は心の中で、大事なこと、一番目にやるべきことをはかっています。ところが子どもは、大人の順位に共感したり、理解することができません。そうなると、「後で」「待って」も、単なるわがままとはいえないような気がします。子どもは、大人の思いとはまったく相容れない、別の次元にいるからです。

●元々、大人と子どもの優先順位は違う
 子どもの優先順位は、大人のそれと違って当然、大人の優先順位がわかってくることが、社会性の発達だ、ともいえます。子どもの優先順位はあやふやであり、AD/HDの子特有のものではないという考え方もあるでしょう。ただ、AD/HDの子は他の子たちと比べて、順位をつけて考える力が弱いように思えます。AD/HDの診断基準の一つである「衝動性」ですが、優先順位を考えず、手前勝手に感じる行動だから、「衝動的」に見えるのかもしれません。

●一度に言わない
 優先順位がわかりにくい子に、一度にあれこれ言うのは問題です。たとえばお手伝い。いくつも一度に用を言いつけてはダメです。実は、大人の方は指示しながら、自分の中で物事の価値付けを行っているでしょう。そして暗黙のうちに、それを理解することを子どもに求めてもいます。ところが、子どもにはそれがわかりにくく、ちゃんとやらないと言って怒られたりします。一つひとつ、丁寧に言うのが原則です。

●順位をつけて話す
 勉強するにしても、何から手をつければよいのかわからない子がいます。優先順位がつけられないからでしょう。子どもが落ち着いている時に、大人は何が重要で、何がそうでないかについて、よく話してあげることが大切のように思います。  

●順位を考えさせる
 子どもに、優先順位という考え方のあることを知ってもらいます。それが理解できてきたら、紙に行動をリストアップして、どれが最も重要で、二番目はどれかなど、自分で順位をつけさせながら話し合いをします。

(*)野村総一郎著「『心の悩み』の精神医学」PHP新書 1998年

■月刊 発達教育より 湯汲 英史(発達協会王子クリニック)言語聴覚士
小倉 尚子(発達協会王子クリニック)言語聴覚士

 

 
■ひとを非難する(上)

たとえば、子どもが「他の子にお菓子をあげる」場面を想像してみましょう。子どもがお菓子をあげる理由としては、さまざまなものが考えられます。二歳の子には、人にものをあげて満足する姿がみられます。あげることはよいことと考え、喜んでお菓子をあげるのでしょう。
 好きな子ができる頃には、「好きだからあげる」と考えます。一方で、「嫌いだからあげない」ともいいます。競争心が盛んになると、「負けたからあげる」と考えるようになります。このように、お菓子をあげる場面ひとつをとっても、自分なりの基準で判断を下していることがわかります。

☆さまざまな判断基準を学ぶ
 子どもは、大人のようにさまざまな判断基準を持って生まれてくる訳ではありません。場面や条件にあった、適切な判断ができるよう成長の過程のなかで、体験を通しながら学んでいきます。
 これまでの号では、「よい−わるい」「好き−きらい」「勝ち−負け」の判断基準を学ぶ過程のなかで現われやすい、AD/HDの子の特徴的な行動などについて述べてきました。あわせて対応法も紹介してきました。
 さてこれからは、「善い−悪い」という判断基準を学ぶ過程のなかでAD/HDの子に現われやすい姿を紹介します。また、対処の仕方についてもふれていきます。

●親を非難する
 「お父さんは寝坊ばかりしてる」「お母さんは、お菓子をものすごく食べる」といった具合に、親の悪口を平気で他人にいうAD/HDの子どもがいます。AD/HDの子の多くは、「人見知りしない」という特徴があります。このために、親しくない人にも家族の悪口をいったりします。
 親ばかりでなく、大人全般を非難してやまない子もいます。その矛先が先生に向かうこともあります。(ときには、親が子どもの話を鵜のみにしてしまい、先生を非難する側にまわり、問題になってしまうことがあります)その非難の仕方が、しつこく繰り返されるのがAD/HDの子の特徴でもあります。

●約束事(ルール)に従う
 3歳の子に「大きくなったら何になる?」と質問しても答えられません。ところが4、5歳になると、「電車の運転手」とか「看護婦さん」と答えるようになります。
 この変化の理由のひとつとして、子どものなかに、「子どもは大きくなっていき、いつか大人になる」という認識が生まれることがあげられます。それとともに「約束事にのっとって」「繰り返し」「同じことができる」ようになることも大きく影響していると思います。子どもはルールに従い、同じことを繰り返しやるなかで、自分が「上達できる存在であること」に気づきます。小児のリハビリでは、4・5歳が訓練開始の目安とされます。「上手になりたい、自分はなれる」と思えるようになるから、自分からリハビリ訓練に取り組みだします。
 上達できる自分に気づくなかで、将来の自分の姿がイメージできるようになるのでしょう。だから、運転手さん、看護婦さんという答えが返ってくるようになります。さらにこの時期には、「自分は何でもできる」という全能感が高まるとされます。大人になるという認識、約束事がわかる、上達のための訓練に取り組める、それらを全能感が支えるという構造の中で、子どもらしい答えが返ってきます。(大人になったら? の質問に答えられない子の場合、その原因を探り、ときには適切な対応が必要なこともあります)

●「ソトの世界」を発見する
 ルールは、かけっこ、なかあて、氷鬼などさまざまなあそびの中にも持ち込まれます。たたし、ルール破りをした子は「ずるい!」と責められます。ルール破りを繰り返すと、仲間に入れて貰えなくなることもあります。
 この時期に子どもは、自分がいつもくらす世界と違う、「ソトの世界」の存在に気づきだすようです。世の中の、さまざまな仕事の存在に興味を持ち始めます。障害を持つ人も目に入るようになります。ときには動きを真似て笑ったりします。(ソトの世界への興味が高まっている証拠といえます。大人は、感情的に叱ったり無視したりせずに、「病気」が原因ときちんと話すようにします。そうすれば、子どもは笑ったりしなくなるでしょう)

●「道徳」を発見する
 ルールは守るものと考えだす頃に、たとえば、ケンカのときに相手を叩いてはいけない、口(ことば)でいうのが正しいと考えるようになります。自分より小さい子には、優しくしなくてはいけないことも学びます。そして、「乱暴はだめ」「弱いものいじめはいけない」との約束事が、存在に気づきだしたソトの世界にもあることを知ります。普遍性を持った道徳を発見しだすといえます。

●社会的な常識
 この頃から子どもは、野菜を食べると風邪をひかない、牛乳を飲むと強くなるといった、いわゆる社会の一般的な知識も学びだします。この知識を基準に、偏食を乗り越えていく子どももいます。
 「お父さんは寝坊ばかりしてる」の非難は、「寝坊=いけない」という判断基準が、こころのなかにある証拠です。「お母さんは、お菓子をものすごく食べる」は、お菓子ばかり食べていると身体に悪いという知識があるから気になります。それらは約束破りにも思え、非難の対象となってしまいます。特に、AD/HDの子は何かが気になりだすと、それにとらわれてしまいがちです。そうなると、非難過剰の状態になってしまいます。

 非難しながらその一方で、子どもは乱暴する、悪態をつくなど、自分でも平気で約束を破ったりします。大人にすれば、子どもの言い分が一方的で身勝手なものに思え、感情的になってしまうこともあります。このときに勢いあまって叩いたりすると、「正しくない人=悪人」扱いされるようになったりします。(「非難」への対処法は次回にご紹介します)

■月刊 発達教育より 湯汲 英史(発達協会王子クリニック)言語聴覚士
小倉 尚子(発達協会王子クリニック)言語聴覚士


■ひとを非難する(下)

AD/HDの子どもの中には、人を非難することが問題という子がいます。ちょっとしたことでも、相手の非を訴えます。相手が悪いと思うから、「自信を持って」責め立てます。多弁で活発な子では、ことばでの非難が「ことばの暴力」レベルになることもあります。なかには、ことばだけでは足りずに、実際に手や足を出す子もいます。これが、他の子たちとのトラブルの原因になることが少なくありません。この非難することですが、「善い−悪い」の道徳的な判断基準がわかってくることと関係があると、前回述べました。

●過剰な焦点付け  AD/HDの子の中には、何かが心に引っかかると、そのことばかりに気持ちが向くという子がいます。それは芸術家が一つのことに精魂を傾ける姿や、不眠不休で何かを発明、発見することにつながる場合もあるでしょう。受験勉強で、それまでの生活では想像もできないような猛勉強をやる青年たちと会ってきました。このように、気持ちが好きなこと、社会的に有益なことに向かう場合、問題は少ないといえます。ただそれが、嫌なこと、回避した方がよいことに向かうと問題になります。そこから目をはなせず、そればかりを考えてしまいます。「気にしなくていい」「関係ない」と周りが幾ら言っても、気持ちが切り替わりません。このような心の状態を、「過剰焦点付け」と言ったりします。焦点が相手の「悪い言動」に集中すると、攻撃がしつこく繰り返されます。

●感情のコントロール力が不足 「起きなさい」「顔を洗いなさい」「歯磨きしなさい」「着替えなさい」「さっさと用意しなさい」「早く行きなさい」などと、あるお母さんはAD/HDの息子に毎日言っているそうです。このあとに「こう言ってきてもう十年以上です。これからもずーっと言い続けなくてはいけないのでしょうか」と苦笑しながら話されました。話題の彼は高校2年生です。 AD/HDの子たちは、毎日のことを淡々とこなしていくことが苦手のようです。淡々とこなすには、自分の気持ちを一定度に保つことが必要なのでしょう。それがなかなかできません。一方で、大はしゃぎをしたりして顰蹙(ひんしゅく)をかったりします。気持ちや気分をコントロールする力が弱いといえます。コントロールがきかないことが影響し、感情的に人を非難してしまいます。
●人の気持ちに鈍感 非難するときにも、相手の気持ちを察しながら行うのが普通です。言い過ぎればトラブルになりかねません。ところがAD/HDの子の中には、相手の気持ちの動きや、その強弱に鈍感な子がいます。このために、相手の気持ちを無視したまま、暴走状態で非難してしまいます。

●非難への対応と問題点 子どもの非難に対して、大人の対応にはいくつかのパターンがあるようです。〈感情的に対応する〉 しつこく、激しく繰り返される非難に、堪忍袋の緒が切れることもあるでしょう。ただ以前にも述べましたが、AD/HDの子に感情的に対応すると、火に油をそそぐことになりかねません。〈子どもの非をあげつらう〉 相手を非難しながら、自分も乱暴するなど子どもの言動には矛盾があります。そのことのおかしさを指摘したくなります。この他にも、子どもの日々の言動について、非難したくなることもあるでしょう。とはいうものの、興奮状態にある子どもには、そういうことばがなかなか耳に入りません。ついには、不毛の非難合戦に突入することもあります。〈褒美と引き換える〉 興奮をなだめるために、褒美でつることもあるでしょう。ただこういう対応をしていると、興奮すればいいことがあると思いだします。いわゆる「キレル」子では、利得目的の演技的な騒ぎが多いように感じます。〈体罰を加える〉 基本的に子どもは、自分は正しいと思っています。それなのに、叩かれたりしたら相手を恨むこともあるでしょう。何よりも「自分のことをわかってくれない」と思う危険性があります。

●さまざまな対応 興奮の度合いが激しく、かつまたしつこい場合には、お医者さんに相談した方がよいでしょう。本人だけの力では、コントロールできない可能性があるからです。なおここでは、のぞましいと思われる対応をいくつか紹介します。このような対応で、子どもが変化することも多いものです。☆仲裁を心がける 非難が原因で、子どもどうしでトラブルが起こった場合は、両方の言い分をよく聞きます。興奮していると、順番に関係なく話したりします。「落ち着いて、順番を守って」話すように指示し、それを守れたらほめます。AD/HDの子を一方的に叱ると、何事も被害的にとるようになる可能性があります。☆「教えてあげて」と言う 非難するのではなく、「教えてあげて」と話します。教える時には、興奮した口調ではいけないことも伝えます。大人はあらかじめ、「怒って言うのではないよ、お話するだけだからね」と宣言しておくと、子どもの興奮を抑えるのに効果的です。☆あらかじめ約束しておく AD/HDの子は、いつも興奮しているのではありません。冷静なときに、相手を非難してはいけないことを約束しておきます。それで、たとえば半日でもそれを守れたらほめてあげます。☆「人の振り見てわが振りなおせ」 ことわざや標語を繰り返し言わせます。たとえば「人の振り見て…」で切り、あとを言わせます。こういうことばが、行動のストッパー役を果たす子がいます。☆「家族や仲間の悪口を、人に言ってはいけない」ことを伝える 人前でも平気で非難する子には、それはいけないことを教えます。それがわからないと、「密告」すると思われ、子ども集団に入るのが難しくなります。

■月刊 発達教育より 湯汲 英史(発達協会王子クリニック)言語聴覚士
小倉 尚子(発達協会王子クリニック)言語聴覚士


■「いたずら」チック

 遊びながら、歩きながら突然いたずらをしてしまう子どもがいます。自分がいまやっ たことを、はっきりと覚えておらず、無意識に、無意味と言えるようないたずらを繰 り返しやってしまいます。このような行為を「いたずら」チックと呼んだりします。
自覚のない「いたずら」チックへの対応法をご紹介します。


いきなりの行為
 砂場で遊ぶのが好きな子、との話がありました。5歳のSくんに初めて会ったときのことです。見ていると確かに、Sくんは砂を器に盛ったり、水を混ぜてこねたりと、飽きずに遊んでいます。ところが突然、つかんだ砂を園庭の金網に投げつけました。その理由が、まったくわかりません。この後も急に振り返ったかと思うと、他の子にキックをしだしていざこざとなりました。先生が仲裁に入ったそのあとに、また砂遊びに戻ります。しばらくすると、立ち上がったかと思うと近くの木に登りだしました。木の上にひとしきりいると、おりてまた砂遊びに戻りました。

まっすぐに歩けない
 お昼の時間になりました。部屋から10メートルほどしか離れていないトイレに行くのですが、戸を蹴ったり、棚の中の画用紙をひっぱりだしたりします。あちこちに目移りしてまっすぐに歩けません。先生からいたずらを問い詰められても、はっきりと答えられません。さっき自分がしたことなのに、まるで覚えていないようでした。

何かしなくては気がすまない
 小学校4年生のGくんも、同じような行動をとります。友達とのいざこざが絶えないというので、学校に見学に行ったときのことです。次は音楽の授業ということで、音楽室に移動することになりました。その距離は50メートルもありません。他の子たちはお話ししながら、集団で音楽室に向かいます。ところがGくんは、集団からはずれ、ふらふらしながら歩きます。そして、目についたものに寄っていき、ちょっとしたいたずらをします。30数名の子たちの目にはまったく入らないようなことに、注意がそれます。そして、何かしなくては気がすみません。  Gくんは他の教室の戸が開いていたので、「ガシャン」と閉めました。あまりにうるさかったので、担任の先生に叱られました。そのことで機嫌が悪くなったのか、音楽の授業にはまったく参加できませんでした。

目について仕方がない
 この話は、多動の男の子のお父さんから聞いたものです。息子が、エレベーターなどの非常ボタンを押すので困っているとの相談のときでした。お父さんは、「実は、自分も電車の非常停止ボタンが目に入るとそらせなくなるんです」と話されました。押したくて仕方がなくなるのだそうです。確かに非常ベルというのは目立つようになっています。もともとボタンは、押したくなるような形になっています。その上に赤く目立つように色塗られています。注意がそこに向き、「押したい」という気持ちが高まっても不思議ではありません。  学生時代に、酔うとホームの発車ベルのボタンを押す癖をもつクラスメートがいました。どうしてボタンに目が行くのかわかりませんでした。お父さんの話から、日中は抑制できているものの、酔うとボタンは押さないとの自制が取れてしまったのではないかと思いました。これは案外と、私たちにもいえることなのかもしれません。日常的に、非常ボタンに過剰に注意が向かないよう抑制しているということです。遊びながら、歩きながら突然いたずらをしてしまう子は、ふつうに抑制が働きません。だから他の子とは違い、ついつい注意が向いてしまい、余計なことをするのかもしれません。

覚えていない
 自分がいまやったことを、はっきりと覚えていない子がいるのは確かなようです。無意識に、無意味と言えるようないたずらを繰り返しやってしまいます。こういう行為を、「いたずら」チックと呼んだりしています。チックと同じで、どうしてやったかと責めても効果はないようです。もともとよく覚えていず、反省のしようもないからです。  さて、このようないたずらチックにはどう対応したらよいのでしょうか。


事実を確認する

 子どもが、あるいたずらをしたとします。そこで重要なのはやったことを自覚しているかどうかです。記憶にないことを、一方的に責められれば被害的にもなってしまいます。ですから、事実の確認は大切です。「誰が、何をやったか」を、感情的にならずに冷静に確認していきます。子どもは覚えていないかもしれないし、なかには知らない振りをする子がいるかもしれません。  このときには、事実を見せるようにします。たとえばSくんには、投げた砂の後を見せて「誰がやったか」を一緒に考えます。Gくんには、「ガシャン」という音が聞こえたかどうかを確認します。音がしたと答えたときには、それは誰がやったかを話し合います。誰がやったかと話し合ううちに、自分がやったといったときには認めたことをほめます。自分がやったと認めないときには、それはそれで話を進めます。糾弾するような口調で犯人探しをすると、それが気持ちを硬くし、強い反発を生んだりするからです。

どうしたらよいかを話し合う
 誰がやったかの次には、「こうすべき」という指導ではなく、どのような行動をしたらよいかを話し合います。小学校3〜4年生くらいになれば、子ども自身に注意がいろいろなところに向きやすいことなどを、話してあげたほうがよいでしょう。

回数の減少をほめる
   取るべき行動がわかったとしても、それですぐに、がらりと行動が変わるということはありません。もともと、注意の向き方や抑制の仕方など、脳の働きに特性があると思われます。決して単純なことではありません。  Sくんの場合には、砂を5回投げているとしたら、3回になり、2回になりと減らすことを目標にし、それが達成できたならばほめるようにした方がよいでしょう。Gくんの場合も、ふらふらの回数が減ることを目標にします。あるいは、他の子たちの中に入れて、ふらふらできないようにするのも一つの方法です。

盛んなのは小学生くらいまでか
 以前に、青島幸男主演の人気TV番組に「いじわるばあさん」というのがありました。このおばあさんは、町を歩きながらいたずらをしてまわります。いま思えば、「いたずら」チックによく似ています。ただ、おばあさんの年齢までは続かないようで、実際には小学校までで一応卒業するように思います。

■月刊 発達教育より 湯汲 英史(発達協会王子クリニック)言語聴覚士
小倉 尚子(発達協会王子クリニック)言語聴覚士


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