Tくんはもうすぐ6歳になる男の子。言葉の発達が遅れていること、落ち着きなく動き回っている、ちっともじっとしていられない、ということをご家族が心配してクリニックにやってきました。心理の部屋に入ったTくんは、あいさつもせず、素早く棚にあったおもちゃを見つけ、そこら中に広げて遊び始めました。お母さんが「先生、いいって言ったの?」と後ろから声をかけるのですが、全然聞く耳を持ちません。次々とおもちゃを出しては触っていきます。一緒にやってきた妹のほうが、お母さんのそばで、お兄ちゃんの様子を見ながら、「いいの?やってもいいのかなぁ」といった目で、お母さんの様子や私の出方をうかがっていました。
おもちゃで遊ぶ様子やお母さんの声かけへの反応などを見ていると、発達検査の前に、課題の邪魔になりそうなものはすべて取り除いておいたほうがよさそうです。回りのおもちゃを片づけ、教材やおもちゃの棚にはカーテンで目隠しをしました。机の位置も、Tくんが手をのばしたとしても、何も触れないような場所に動かしました。そして、机の上にはTくんが興味を示しそうなカードやパズルを用意し、椅子に座って机でお勉強をしよう、とTくんに伝えて、検査を始めました。
大小の丸を見比べて、「大きい丸はどっち」と聞かれて、指さしで答えたり、「飲むものはどれ?」と聞かれて、コップを選ぶ、といったような見比べて答える課題などはほとんど出来ませんでした。その一方で、身近なものの名前については、結構知っていて答えることが出来ました。また、先生の言った文をまねして言うという課題でも「おおきいくま」ときちんと答えられることもありました。その他には、簡単な課題でも、嫌がってやろうとしない、など反応にはムラがありましたが、結局やりきった後にほめられると、とても嬉しそうな表情を見せます。
また、検査の間、教材のカードや教具に手を出して触ろうとするので、「手はおヒザ」とくりかえし教えていくと、手は出そうになっても、「手はおヒザだよ」と言われれば、手を引っ込めるということができるようになっていきました。
さて、Tくんの発達段階を考えてみます。知能面の発達としては、トータルすると2歳半くらいの能力でした。言葉で言われた時の大きい―小さいがまだわからず、2つあるいはいくつかの中から、じっくりと見て選んだり、見比べて考えるということしかできません。また、発達の段階としてはできそうな課題なのに、やろうとせずにできない、ということがありました。そういう時には、こちらが「〜をやろうね、やるんだよ」と伝えつつ、「Tくんがやるまではこっちも引かないぞ」という姿勢を見せると、応じてきました。何をやればいいのか、といったポイントをしぼって、じっくりと接すると、やるべきことがわかってくるようです。
ほめられれば嬉しい、という気持ちは十分にあるのですが、「今、この場面」に注意を向け続けることが難しく、結果として「応じない」「言うことを聞かない」という状態になってしまうと考えられます。
指導のポイント
(1)決まった場面で、ある一つのことを注意したり、気をつけさせていく。
たとえば、自由に遊べる時間に、おもちゃをちらかすのは仕方ない、と目をつぶります。でも、遊んでいたかと思うと、急にテーブルに登り始めたりします。これは、きちんとやめさせないと、怪我にもつながりかねません。「登ってはだめ」と言いやめさせます。こんな風に、その場面ごとに、子どもの行動を予測しつつ、これだけはやめさせる、あるいはこれだけは守らせる、といったことを一つ決めながら接していくと、子どものほうも学びやすくなります。
(2)「ぎゅうにゅう、ちょうだい」「テープ、とって」など、言葉での要求をさせる。
Tくんのようなタイプの子どもたちは、自分の意志や要求のおもむくままの行動をとりがちです。言葉を使って要求を伝える経験を増やす必要があります。
■月刊 発達教育より 一松 麻実子(発達協会)言語聴覚士
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